学校再開しようとも社会的距離2mのせいで授業に制約

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    JUGEMテーマ:教育

     

     今日は「学校再開しようとも社会的距離2mのせいで授業に制約」と題して論説します。

     

     下記は日本経済新聞の記事です。

    『日本経済新聞 2020/05/28 公立高、再開後も授業に制約 分散登校やクラス分割 本社調査、課程終了「見通せず」7府県

     

     緊急事態宣言解除で公立高校が再開しても、当面は元通りのペースの授業は困難とみている都道府県教育委員会が7割超に上ることが、日本経済新聞の調査で分かった。夏休みの短縮で授業不足を穴埋めするなどして、36道府県が「年間の学習課程は終えられる」としているが、実際には消化しきれない自治体も出てきそうだ。

     政府は25日、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかったとして緊急事態宣言を全面解除した。全国的に学校が再開するのに合わせて、公立高校を所管する都道府県教委の対応を5月22〜26日に調べた。

     これまでの休校期間は感染者ゼロの岩手で約1カ月、東京が約3カ月など地域で差はあるが、多いところでは約200時間分もの授業が消失し、遅れは深刻だ。今後の授業の進め方について、首都圏など8都県が「多くの制約が残る」、28道府県が「一部制約が残る」と答え、計7割超が制約があるとみている。

     通常のペースで授業ができないのは、様々な感染防止策が必要になるためだ。分散・時差通学は6割、クラスを分割しての授業は4割の自治体が実施する。

     東京都は6月1日から都立高を段階的に再開する。ある学校では1週目は登校日を2〜3日に絞った上で、午前と午後で分散登校させる。登校しない日や時間帯は、オンラインなどで家庭学習を課す。

     感染状況を見ながら登校日を徐々に増やす想定だが、副校長は「登校中の感染リスクを考えると、いつ元通りになるかは見通せない」と語る。

     神奈川県も午前と午後に分けて教室の生徒数を最大20人程度に抑える。ラッシュの時間帯を避け、午前は9時50分始業とする。在校時間は3時間以内に制限する。

     埼玉県教委の担当者は「当面は通常の1日6コマ授業は難しい。できるだけ不足を取り戻すよう、各学校に努力してもらうしかない」と話す。

     授業時間確保のため、今年は夏休みが各地で短縮されそうだ。東京都立高は8月8〜23日の16日間の予定。和歌山や岡山はお盆付近の9日間だけという異例の短さになる。学校行事の中止や土曜授業も広がる。

     年間の学習課程は、36道府県が「予定通り終えられる」としている。ただ授業のペースが戻らない中、実際に終わるかは不透明だ。大阪など7府県は「見通せない」、東京は「現時点では分からない」という。各地で消化しきれないケースが相次ぐ可能性がある。(後略)』

     

     上記記事の通り、緊急事態宣言の解除によって、公立高校が再開しても、当面は元通りのペースの授業が困難であるとみている教育委員会が7割を超えると報じられています。

     

     36道府県は、夏休みの短縮で授業の不足を穴埋めするなどで、年間の学習課題を終えられるとしている一方、東京都や大阪府など、消化しきれないとする自治体も出てきそうな情勢です。

     

     理由は通常のペースで授業ができず、様々な感染防止対策が必要になるためであるとしています。

     

     最大のネックは、社会的距離2mです。

     

     学校の施設というものは、社会的距離2mを前提にせず、すべての施設が作られています。

     

     大学の場合は、ホールなどの施設があり、何とかやりくりしながら対応しようとしていますが、小中学校ではほとんどが社会的距離2mを実施する施設のキャパシティを持ちません。

     

     この社会的距離2mというソーシャルディスタンスについて、多くの国民は誤解しています。

     

     マスクをしない前提で、面と向かってしゃべりあって飛沫が飛ばないための距離が2mであって、しゃべらなければ2mは不要です。

     

     仮にしゃべっていたとしても、小声でしゃべる分には、やはり2mは不要ということになるでしょう。ましてや、マスクをしていれば2mは不要ということになります。マスクは飛沫が飛ばない役割を果たすのです。

     

     コンサートで考えた場合も同様です。クラシック音楽で、ピアノやバイオリンのコンサートであれば、静かに聞くわけですから、飛沫が飛びようがありません。歌手のコンサートで「ウォー!」とか「イエーイ!」とか騒げば、これは飛沫が飛びます。

     

     音楽のコンサートでも飛沫が飛ぶ飛ばないで考えれば、クラシックコンサートとアイドルなどが歌を歌って騒ぐコンサートでは、全く異なります。

     

     ところが専門家会議の尾身副座長らが決めた新しい生活様式では、そうした事実が全く考慮されていません。そして新しい生活様式なるものが公文書として一回決まれば、行政は全部それで動くことになります。

     

     感染症から国民を守る強靭化行政という観点からみれば、2mのソーシャルディスタンスなど不要であって、マスクをすれば2mの距離など、大いなる無駄玉といっても過言ではありません。

     

     尾身副座長が2mの距離の絶対確保を、1丁目1番地に書かれたことが、日本経済のみならず、教育の分野にも大打撃を与えているのです。

     

     私は1日も早く、2m確保は撤回していただきたいと思っていますし、そのせいで学校が窮地に立たされているということを、多くの日本国民に知っていただきたいと思います。

     

     こうした意味のない大は小を兼ねる的に浅はかな対策であるソーシャルディスタンス2mは、民主主義の力で変えなければいけないものと思いますし、その一例がこの学校問題と言えるのではないでしょうか?

     

     

     というわけで今日は「学校再開しようとも社会的距離2mのせいで授業に制約」と題して論説しました。

     

     

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