公共性の高い運送事業を救う改正貨物自動車運送事業法
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今日は昨年末の2018/12/08に参院本会議で可決成立した改正貨物自動車運送事業法について論じたいと思います。
下記は産経新聞の記事です。
『産経新聞 2018/12/08 12:40 トラック業務の環境改善 適正運賃確保へ法改正
トラック運転手の労働環境を改善するための議員立法による改正貨物自動車運送事業法が8日未明、参院本会議で可決、成立した。荷主が不当に安い運賃で配送させるのを防ぐため、国土交通相が標準的な運賃を定めて告示できる制度を創設する。
過労運転や過積載につながる発注をしないよう、荷主の配慮義務を規定。配慮を怠った場合は国交相が荷主に改善を要請できる仕組みも設ける。
一方、運送会社の事業参入の許可基準として、車両を確実に点検・整備して安全を確保する能力があることや、十分な車両数や車庫の広さ、資金があることなどを明記する。
法令に違反して事業許可を取り消された場合、再参入できない期間を現在の2年から5年に延長する。』
上記記事の通り、貨物自動車運送事業法の改正法案が可決されました。この改正法案の最大のポイントは、下記の通り2つあります。
●標準的な運賃の告示の明記
●違反原因行為への対処
なぜこのような改正法案という議論が出てきたのでしょうか?
それは規制緩和や構造改革などとして自由化論が日本中吹き荒れ、いろんなものが自由化されていく中で、トラックの運送事業も自由化されました。その結果、運送事業者の事業者数はものすごい増加しました。
2003年頃の日本経済は、バブル経済崩壊の後遺症から立ち直れず、「民でできるものは民に任せる」という精神のもとで、行政改革と規制緩和をどんどん推進していました。真に効率的で世界に通用する経済社会を構築して、民間主体の創造的な経済活動を活性化することが不可欠と考えられていたのです。
そうした中で運送業界も規制緩和され、事業者数が1.5倍にまで増加して事業者数ベースで63,000社を超えて以降、事業者数は横ばいで推移しています。
<トラック運送事業者数の推移(単位:者)>
(出典:公益社団法人全日本トラック協会の「日本のトラック輸送産業 現状と課題2018」から引用)
<運送業界の規制緩和の歴史>
1980年 米国で運輸業の規制緩和
1990年 日本で運送業の規制緩和
●事業参入規制を免許制から認可制に緩和(新規参入の増加)
●事業計画上の車両台数規制を認可制から事前届出制に緩和(最低車両台数の削減により全国一律5台)
●運賃・料金規制を認可制から事前届出制に緩和(自由な運賃制度への変化)
●事業退出規制を許可制から事後届出制に緩和
2003年 日本における運送業の更なる規制緩和
トラック運送のマーケットは12兆円と巨大なマーケットです。なぜならば、私たちが買う製品のほとんどはトラックで輸送しており、日本経済の基本中の基本インフラといえ、いわば運送業は非常に公共性の高いビジネスといえるのです。
かつては1980年代〜1990年代までは、需給バランスを見ながら、トラックの事業者を強く規制していました。具体的には事業者があまり大きく増えないように、悪質な事業者を参入させないように、運輸当局が管理をしてきたのです。
ところが規制緩和をやり過ぎて、ダンピングで過剰競争となり、どんどん運賃が値下がりし、不適格な業者もたくさん参入してトラックドライバーの運賃が下がり、経営者も平均利益率がマイナスという全然儲からない状況になってしまいました。
今具体的に運送業界の現場で起きていることといえば、事業者の増加の結果、サービス価格の低下、賃金水準の低下に加え、トラック事業者の経営状態が悪化し、特に業界の9割を占める「10台以下」「11〜20台」「21台〜50台」の事業者のおよそ6割が赤字企業となっている状況でした。
そこで今回の改正法案となったのです。
改正法案のポイントの一つ目の「標準的な運賃の告示の明記」とは、今まで運賃は届出制で、運賃を自由に設定して届け出るという制度であったため、どんどん運賃が下がっていったという経緯があるため、今後は政府が運賃に関与するということになります。
また大手の荷主が大変なわがままで、例えばトラックドライバーが荷物を運んだにもかかわらず、荷主が倉庫が満杯であるため、トラックドライバーに何時間も待機させるといったことが横行しました。
それでもトラック事業者は、仕事を失いたくないために、倉庫に納品できるまで何時間でも待せざるを得ませんでした。いわば大手荷主は、トラックを倉庫代わりに使っていたのです。
仮にも倉庫扱いされてトラックを使ったとして、運賃がその分上乗せして払われていれば、まだましなのですが、当然荷主は運賃を払いません。
となれば待機していた時間を、本来別の運送サービスで物を運べば、運送業者の売上につながるところ、そうしたこともできず倉庫代わりに使われて生産性も落ちるということで、運送事業者はひどい状況に陥っていたのです。
本来ならば運送業者は荷主に対して「6時間待機した分、料金を払ってください!」と言いたいはずなのですが、自由競争であることを理由に荷主は「そんな文句あるなら、あなたの会社とは取引を打ち切るから!」として、当たり前のように料金を払いません。
荷主も荷主でデフレ不況に陥っているため、取引先や消費者から安いものを求められて、そうした運賃を請求されたとしても価格に乗せられないという状況もあったでしょうが、とにかく運送事業者に多くのしわ寄せがいっていたことは間違いありません。
その証拠に、ついにヤマト運輸(証券コード:9064)がアマゾンの仕事を打ち切るという衝撃ニュースがありました。運送業界のガリバーのヤマト運輸も我慢できないということだったのでしょう。
それでも丸和運輸機関(証券コード:9090)という会社が、ヤマト運輸が断ったのを機に、代わりに受注するとし、丸和運輸機関の株価が上昇したということもありました。
因みに直近の四季報で、ヤマト運輸と丸和運輸機関の平均年収を見ますと下記の通りです。
<ヤマト運輸(証券コード:9064)>
連結218,966名 単独「非公表」(平均38.2歳) 年収939万円
<丸和運輸機関(証券コード:9090)>
連結2,800名、単独1,289名(平均37.5歳) 年収468万円
クロネコヤマトの宅急便で有名なヤマト運輸の年収939万円というのは大変立派です。それに対して丸和運輸機関は桃太郎便という宅配事業や、マツモトキヨシやイトーヨーカドーなどを大手荷主として発展し、5年ほど前に上場した後発の運送会社ですが、年収468万とヤマト運輸の半分です。
丸和運輸機関は3PL(サードパーティーロジスティクス)というビジネスモデルで、自社でトラックを極力保有せず、傭車でトラックを調達し、必要な時に必要なだけ下請けの傭車業者に代金を払って運ばせるというビジネスモデルで成長した会社です。
丸和運輸機関の年収が安いのも問題ですが、傭車と呼ばれる下請け業者は、さらに苦境を極めます。何しろ下請という立場は、元請より弱いため、運賃・品質の規制が弱い現況では苦しく、「文句があるなら他の業者を使うからいいよ!」ということになってしまうのです。
このように、運送業者は明らかに飽和状態であり、業者が増えても賃金をちゃんと払えず、トラックドライバーの成り手がいなくなって高齢化がどんどん進み、高齢ドライバーばかりになって若い人が入って来なくなることで人手不足がものすごく激しくなっています。
「神の見えざる手」などとフーバー大統領のレッセフェール(自由放任主義)や、「小さな政府を目指すべき!」などという言説を提唱してきたノーベル経済学賞のミルトン・フリードマンら、「マーケットメカニズムに委ねるのが正しいので自由化すべき!」といった論説が蔓延って自由化を進めたために、こうした状況となってしまったというのは、誰の目で見ても明らかではないでしょうか?
この状況を元に戻すためには、以前のように規制を強化して免許制にしたり、需給バランスを見て新規事業の参入を拒否すればいいのですが、自由化のノリでこうした規制強化をするのは困難な状況です。多くの日本人が自由化を正しいと信じ込んでいる以上、規制強化というのが理解を得られにくくなっているのです。
そこでやむを得ず議論され、運送する際に最低限必要な「ガソリン代」「最低賃金」「社会保険料」などを議論して積み重ね、その値段よりも安いのは無理であり、自由に運賃設定できないようにするというのが、今回の改正法の趣旨です。
全ての工場、全ての商業において、物流は絶対に不可欠なインフラであるにもかかわらず、賃金が安いために人手不足で物流が供給できない状況になってしまったという最悪な状況になっているということを、私たちは改めて理解する必要があると思います。
というわけで今日は「公共性の高い運送事業を救う改正貨物自動車運送事業法」と題して論説しました。
私たちは運送業という事業が極めて公共性が高い事業であることを改めて認識する必要があります。平時においてはあらゆる業種で大事な物流を担うのは言うまでもありませんが、非常事態のときの物流は、なお重要です。
3.11の東日本大震災のとき、運送業者が東北の人々を救うということで、渋滞の状況で列に並んでまでして、物資を被災地に運んだのです。どれだけお金を持っていようと、物資が被災地に運ばれなければ、飢えて死ぬ人や病気で死ぬ人が出ます。
たとえヘリコプターなどで物資を落としたとしても、倉庫や貨物ヤードやトラックがなければ、物資を円滑に配布することは不可能です。
そうしたことを踏まえ、運送事業者が適正な利益を確保して存続してもらうということは、日本の安全保障強化につながるものと、私は思うのです。
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