モンゴル帝国のフビライ・ハンの時代にインフレーションが発生したのはなぜか?

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     今日は「お金」をテーマに論説します。

     

     人類で初めて硬貨が使われたとされるのは、古代ギリシャ人の歴史家ヘロドトスによれば、アナトリア(今のトルコ)で使われていた「エレクトラム硬貨」と呼ばれるもので、紀元前610年頃の話です。

     では紙幣が使われるようになったのはいつか?モンゴル帝国における紙幣発行の歴史について触れ、「モンゴル帝国のフビライ・ハンの時代にインフレーションが発生したのはなぜか?」と題し、下記の順で論説したいと思います。

     

    1.唐の時代の「飛銭」と宋の時代の「交子」「会子」

    2.人類初の不換紙幣を発行したモンゴル帝国のフビライ・ハン

    3.国家の経済力や国力とは、どういうことなのか?

    4.フビライ・ハンの時代にインフレーションが発生した真の理由とは?

     

     

     今回のテーマを理解するために、少しだけ歴史を編年体で記載させていただきます。

     

    ●唐の後期 「飛銭」と呼ばれる銅との兌換紙幣が流通する

    ●宋の時代 「公子」「会子」と呼ばれる銅銭との兌換紙幣が流通する

    ●  970年 宋が貨幣を発行する「便銭部」を創設する

    ●1023年 宋が紙幣を発行する「交子務」を設立する 

    ●1206年 チンギス・ハンがモンゴルを統一し、モンゴル帝国を建国する

    ●1227年 モンゴル帝国がシルクロードの西夏(せいか)を征服する

    ●1231年 首都臨安で大火災が発生する

    (南宋政府は、臨安復興のために「会子」の発行量を増やした結果、インフレーションとなって通貨の価値が下落する)

    ●1234年 モンゴル帝国が中国北部の金を征服する

    ●1235年 モンゴル・南宋戦争が勃発する

    ●1260年 フビライ・ハンが「お金の統一」に成功し、銀を担保とした「中統元宝交鈔」を発行して流通させる

    ●1287年 フビライ・ハンが新通貨「至元通行宝鈔」を発行して従来の通貨を廃絶させ、インフレ抑制を図る

     

     

     

    1.唐の時代の「飛銭」と宋の時代の「交子」「会子」

     唐の時代、政府は約束手形を発行していました。これを「飛銭(ひせん)」と呼びます。当時の唐は、銅銭を中心とした貨幣経済が成立していました。ところが銅銭は重いため、大量の持ち運びには不便でした。そこで地域間の交易を容易にするために政府が「飛銭」と呼ばれる決済手形を発行し始めました。

     唐が亡び、宋の時代に入って、商人たちは「交子」「会子」と呼ばれる手形を使うようになりました。経済成長が著しく、交易を容易にするために「手形(お金)」を必要としたのです。

     その宋では970年に「便銭部」を創設しましたが、北宋時代では2600億枚以上の効果が鋳造されたとされています。

     

     宋は1023年「交子務」を設立し、本格的な紙幣の発行を始めました。なぜ、紙幣の発行を始めたか?理由は金属を材料に鋳造する硬貨よりも、製造コストが安い紙片を用いることで、著しい経済成長を背景とした貨幣の需要に応じられるようにするためです。

     宋が「交子務」を創設して紙幣の発行を始めて以来、紙幣の発行量は増やしやすくなります。南宋の時代では、経済成長率が低迷したにもかかわらず、紙幣発行量の増加は収まる気配を見せなかったといわれています。

     

     そして1231年に首都臨安で大火災が発生し、その復興のために南宋政府が「会子」の発行量を増やした結果、通貨の価値が下落し、インフレーションが発生しました。

     

     

     

    2.人類初の不換紙幣を発行したモンゴル帝国のフビライ・ハン

     モンゴル帝国のフビライ・ハンは南宋を滅ぼした後、「お金の統一」を図り、成功します。1260年に銀を担保にした「中統元宝交鈔」と呼ばれる紙幣を発行し、モンゴル政府がモンゴル国内で流通する唯一のお金であると宣言しました。その宣言以降、紙幣の偽造が発覚した場合は、死刑に処されるようになりました。

     

     モンゴル帝国は度重なるインフレーションに苦しめられます。なぜならば南宋を滅ぼした後、6000万人もの人口が増加したため、膨大なお金の需要が生まれたからです。

     

     ところが「中統元宝交鈔」の裏付けは「銀」という金属です。銀は、金と同様に産出量には限界があります。

     

     そのため、モンゴル帝国は「銀」を裏付けにしない銀と無関係な紙幣の発行を始めました。産出量に限界がある銀を裏付けとしない紙幣発行を始めることで、「中統元宝交鈔」の価値が暴落したとされています。

     

     フビライ・ハンは1287年に「至元通行宝鈔」を発行して、従来の通貨を廃絶し、インフレの抑制を図りました。この「至元通行宝鈔」は金や銀などの貴金属との兌換を認めなかったため、現在の現金紙幣と完全に同じの不換紙幣です。

     

     モンゴル帝国は「至元通行宝鈔」を普及させるため、商売や交易における金、銀の貴金属の使用を禁止しました。

     

     にもかかわらず、金・銀の使用禁止を受けた人々は、貴金属を集めて退蔵するようになり、裏で旧来の金貨・銀貨流通を続けました。そのため、新通貨「至元通行宝鈔」の価値は下がり続けました。

     

     

     

    3.国家の経済力や国力とは、どういうことなのか?

     国家の経済力とか国力という言い方をする際、皆さんはどうお考えになるでしょうか?

     

     金をたくさん保有していることでしょうか?紙幣がたくさん流通していることでしょうか?基軸通貨ドルをたくさん抱えていることでしょうか?

     

     国家の経済力、国力とは、国民が必要とするモノ・サービスを生産することができる力であり、貴金属をどれだけ保有しようが、基軸通貨ドル紙幣をたくさん保有していようが全く関係ありません。

     

     例えば無政府状態のリビアやサハラ砂漠のど真ん中で1億円持っていたとして、モノ・サービスを大量に生産できる工業先進国日本での1億円と、インフラがほとんど整備されておらずモノ・サービスの生産が自国でできない発展途上国での1億円では、生活レベルが全く異なるのは想像できるのでは?と思います。

     

     先進国は自国民の需要を自国の生産力で満たすことができる割合が高い国をいい、国内需要を満たすのに十分な生産能力を保持している国といえます。

     

     一方で発展途上国は、自国民の需要を自国の生産力で満たすことができる割合が低い国をいい、国内需要を満たすのに十分な生産能力を保持していない国といえます。

     

     発展途上国が貧しいのは、金の保有が少ない、米ドルなどの外貨準備が少ない、という話ではありません。自国でお金を流通させたいということであれば、政府が幾らでも自国紙幣を発行することは可能です。

     

     仮に金の保有がたくさんあり、米ドルなどの外貨準備が多かったとして、それらを裏付けに自国通貨を中央銀行に膨大に発行させて自国に流通させようとしても、その国民は貧しいことに変わりありません。何しろ、手元で紙幣がどれだけたくさん積まれても、その紙幣で買うことができるモノ・サービスが不足しているからです。

     

     モノ・サービスの需要に対して供給が不足する状態のことをインフレギャップといいます。(下図を参照)

     

    <インフレギャップのイメージ>

     

     インフレギャップに対して供給力増強で充足できない場合、どれだけたくさん紙幣を発行しても普通に物価上昇します。これがインフレーションです。

     

     

     

    4.フビライ・ハンの時代にインフレーションが発生した真の理由とは?

     モンゴル帝国の歴史を振り返りますと、領土拡大のたびに人口が増加するなどして、モノ・サービスの需要が増加していきました。しかしながら銀を裏付けにした兌換紙幣の「中統元宝交鈔」、貴金属を裏付けにしない不換紙幣の「至元通行宝鈔」といった通貨発行しながらも、インフレーションによる通貨の価値の下落を防ぐことはできず、衰退していきました。

     

     フビライ・ハンは1287年に「至元通行宝鈔」を発行してインフレーションの抑制を図ったにもかかわらず、なぜインフレーションによる通貨の価値の下落を防ぐことができなかったのでしょうか?

     

     銀を裏付けとした兌換紙幣の「中統元宝交鈔」、貴金属を裏付けにしない不換紙幣の「至元通行宝鈔」といった紙幣は、何を目的に使われるでしょうか?いうまでもなく、モノ・サービスの購入のためです。

     

     即ち、モンゴル人がモンゴル政府が発行する紙幣を使って買い物をしようとしたにもかかわらず、モンゴル国内で十分なモノ・サービスが存在していなかったからために物価が上昇していった。あるいはモンゴル国民の需要を満たすだけのモノ・サービスが生産されていなかったということが、インフレーションによる通貨価値の下落を防げなかった理由と言えるでしょう。

     

     インフレーションは「お金の発行量」が多いから発生するわけではありません。フビライ・ハンが銀を裏付けとしない「至元通行宝鈔」という不換紙幣を躊躇なく発行したとして、それでインフレーションになるわけがありません。

     

     インフレーションは、国民がモノ・サービスを買おうと需要があるにもかかわらず、供給を満たすだけの生産能力が不足しているときに、モノ・サービスの価格は上昇していくのです。

     

     もし、中世のフビライ・ハンの時代に、モンゴル帝国が現代の日本や米国を上回る驚異的な経済力を保有していた場合を想像してみてください。

     

     モンゴル帝国の人々の需要を、軽々と上回る生産能力を保有している状態で、モノ・サービスが有り余っているような場合、銀を裏付けとした「中統元宝交鈔」、銀を裏付けとしない「至元通行宝鈔」を大量発行したとして、インフレーションになるでしょうか?

     

     どちらの紙幣もおそらく価値を維持することができると予想できます。なぜならばモンゴル帝国の人々の需要を、十分に満たすだけの生産力を保有している先進国の環境であれば、紙幣を大量発行したとしてもインフレになりようがありません。

     

     逆に生産力を十分に保有しない発展途上国の環境であれば、政府がお金の発行を抑制したとしようが、大量にお金を発行しようが、インフレーションを止めることはできないでしょう。

     

     モンゴル帝国でインフレーションが発生した真の理由は、銀を裏付けにしない「至元通行宝鈔」を大量発行したからではなく、モノ・サービスの需要に対して、モンゴル国内での供給力が不足していたこと、これが真の理由です。

     

     

     

     というわけで今日は「モンゴル帝国のフビライ・ハンの時代にインフレーションが発生したのはなぜか?」と題して論説しましたが、 私が「国債増刷」「政府支出増」を主張している理由もご理解いただけるのではないでしょうか。

     アベノミクス第一の矢の金融緩和は、物価上昇率2%の目標を掲げ、2%に達成するまで金融緩和を継続実施するとしています。コアCPIではエネルギー価格の変動を含んでしまうため、本来はエネルギー価格の変動を含まないコアコアCPIで2%目標とすべきということを、私は従前から主張しています。

     一方で物価上昇率を引き上げるためには、金融緩和だけでは達成しえないということが、モンゴル帝国の紙幣の歴史を振り返ると理解ができると思います。

     日本を発展途上国にして物価上昇させた場合、貧困が進みます。何しろコメを食べたい、パンを食べたいという需要に対して、日本が十分な供給力を持たないという話ですから、日本円をどれだけ刷ってもインフレーション進むと当時に貧困化も進みます。

     とはいえ日本はモンゴル帝国と違って先進国です。その日本が先進国であり続ける(供給力を保持する)状況で物価上昇させた場合、”豊かさが続く”もしくは”より豊か”になれます。日本をインフレにするためには、どれだけたくさんの日本円を発行するか?ではありません。安倍政権が5年間経っても、物価上昇2%の達成ができていないことがその証左です。

     民間の需要が冷え込んでいる以上、政府が需要を創出すること。その財源は躊躇なく不換紙幣の自国通貨を発行すること。これらによって通貨を維持しながら供給力を保持・増強し続けることができます。これこそが経済成長であり、日本国民を豊かにすることができるのです。

     

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