お金の本質を理解していた江戸時代の勘定奉行”荻原重秀”

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     江戸時代に荻原重秀という人物がいます。荻原重秀は、儒学者の新井白石と争ったとされるのですが、今日は「お金の本質を理解していた江戸時代の勘定奉行”荻原重秀”」と題して論説します。

     

    1.近現代における通貨発行に関する歴史

    2.1万円札の担保とは?何か?

    3.ジンバブエのハイパーインフレについて

    4.慶長小判→元禄小判→宝永小判と2回の改鋳を行った荻原重秀

     

     上記1〜4の小題で荻原重秀がいかにすごい人であったか?をご説明します。

     

     

     

    1.近現代における通貨発行に関する歴史

     

     荻原重秀が生きていたのは1658年〜1713年で、元禄時代に貨幣改鋳を行ったことで知られている人です。この人のすばらしさは、お金の本質を理解していたことです。

     

     お金の価値とは何なのか?考えたことありますでしょうか?

     

     近現代史におけるお金の価値に関するイベントを編年体で記すと下記の通りです。

     

    ●1944年 金本位制→金ドル本位制

     ブレトンウッズ体制・IMF体制の確立

    ●1971年 金ドル本位制→管理通貨制度へ移行

     米ドルと金の兌換を廃止する宣言、ニクソンショックによって管理通貨制度へ移行

     

     現在は金本位制でも金ドル本位制でもない管理通貨制度ということになります。中央銀行が紙幣をどれだけ発行できるか?国債をどれだけ発行できるのか?金の貯蔵量によらずとも、中央銀行は自由に紙幣を発行することが可能です。

     

     金本位制のときは、紙幣は金地金と交換する預かり証を兼ねていたため、金の貯蔵量分しか紙幣を発行できませんでした。管理通貨制度では、各国が自主権に基づき、紙幣の発行も国債の発行も自由にできます。インフレ率やGDPデフレータをみながら、国債を発行して、マネタリーベースを政府が調整し、国民が生活しやすい環境を整えるのです。具体的には、インフレ率が非常に高い場合であれば、財政出動を抑制したり、日銀が国債を売ってマネタリーベースを縮小したり、法定準備金の準備率を引き上げるなどします。

     

     何が言いたいかといえば、今は管理通貨制度であるため、金の貯蔵量や外貨準備高に関係なく、政府日銀は自由に通貨を発行し、国債を発行することが可能なのです。

     

     逆に言えば、1万円札と金を交換するということはできません。なぜならば現在の1万円札は金を裏付けとしているわけではないからです。

     

     

     

    2.1万円札の担保とは?何か?

     

     そもそも1万円札は何を裏付けに、何を担保として発行されているのでしょうか?100ドル紙幣は何を裏付けに発行されているのでしょうか?他通貨はどうなのでしょうか?

     

     通貨の裏付けは、国力という抽象的な言い方しかできません。1万円札が信用されるのは日本の国力ということになります。100ドル紙幣が信用されるのは米国の国力となります。

     

     国力の強い国とは、需要創出、物・サービスの供給力のほとんどが自国でできる国といっていいでしょう。他国に頼らず、自国で需要を創出し、物・サービスを自国で賄える国、それが国力の強い国です。

     

     自国の生産力で、自国民の需要を満たすことができる割合が高い国のことを先進国ともいいます。先進国というのは「先進的な国」という抽象的な概念ではありません。国内の需要を満たすのに十分な生産能力を保持している国が先進国であるといえるのです。

     

     日本には資源がありません。電力で使う燃料の原油や天然ガス、ウランなどは日本では算出されず、他国からの輸入に頼っています。資源以外は、ハードインフラストラクチャー(建設、土木など)、ソフトインフラストラクチャー(国防、電力ガス水道、教育、農業、警察・消防などの行政サービスなど)は、自国で対応できるもしくはその技術を持っています。

     

     少し話が変わりますが、飲み屋で支払いをツケで払うといった場合、飲み屋さんは、その人を知っていて所得があることを知っているからこそ、後払いを許します。もし無職だとわかっていたら、ツケで払うことを認めないでしょう。ツケで払う場合、名刺の裏に飲み代5000円と書いたとしても、名刺に5000円分の価値があるわけではありませんし、小切手でもないために裏面に5000円と書かれた名刺そのものに譲渡性もありません。

     

     たとえ5千円札で支払った場合も、5000円紙幣自体に価値があるわけではありません。日本銀行が発行した紙幣であり、日本銀行は政府が55%株式を保有し、日本政府は徴税権や通貨発行権といった強大な国家権力を保持し、その日本国そのものが国力があるからということが5千円札紙幣の担保になっています。

     

     

     

    3.ジンバブエのハイパーインフレについて

     

     発展途上国の場合、「需要>供給」で需要を供給力で満たすことができない状態が多いです。こういう国は、どれだけ自国の通貨を発行したとしても、即ち紙幣を発行したとしても、紙幣自体に価値があるわけではないため、普通にインフレが発生します。発展途上国がすべきことは、紙幣を増刷することではなく、供給力を強化することに尽きます。

     

     ジンバブエのハイパーインフレは有名な話です。そのジンバブエでは、2017年11月にムガベ大統領が亡くなりました。かつてジンバブエは農業大国で、食糧余剰生産国だったのですが、ムガベ大統領が、資本やノウハウを持つ白人を排斥したことで、「需要<供給」→「需要>供給」となってしまったのです。

     

     この場合、飢え死にしたくないとなれば、食料品は普通に値上がりします。どれだけ通貨を発行したとしても、農作物の供給量がUPしない限り「需要>供給」となるため、普通に物価上昇します。農業のノウハウを持つ白人を排斥して供給力を削減し、供給力不足を放置して、大量に紙幣を発行すれば、ハイバーインフレーションになって紙幣の価値が激減するのは必然だったでしょう。

     

     通貨の価値とは、その程度のものです。物・サービスを作り出す供給力がなければ、どれだけ紙幣を発行しても逆に通貨の価値は減ります。先進国とは物・サービスを作り出す供給力がある国力の強い国ともいえるのです。

     

     また、金本位制ではないため、国家に金地金がどれだけ保管されていようと、国力がない国の通貨は弱く、国力がある国の通貨は強い。そして金地金や外貨準備高によって中央銀行は通貨発行を制限されるものではない、これが管理通貨制度の本質といえます。

     

     つまるところ、人間にとって優先順位が高いのは、通貨よりもモノ・サービスを供給する力です。金地金やお金を貯め込むことではありません。人々の需要を満たすために、十分に供給できる生産能力が実在すること、即ち国力が強ければ流通する通貨そのものは「債権と債務の記録となっていること」「通貨の単位が明確になっていること」「譲渡性があること」の3つをすべて満たせば、紙切れでも石ころでも貝殻でも何でもいいのです。

     

     荻原重秀は、このことを完全に理解していたと思われる人物だったといえます。

     

     

     

    4.慶長小判→元禄小判→宝永小判と2回の改鋳を行った荻原重秀

     

     荻原重秀が生きた元禄時代、日本国内では金銀の産出量が下がる一方、外国からの輸入が増え、貴金属が海外に流出する状況にありました。経済が発展して「お金の需要」が拡大したものの、貴金属の裏付けなしでお金を発行することはできない状況でした。この場合、十分にお金がないということでデフレ化します。

     

     荻原重秀は、デフレ化を食い止めるため、1695年(元禄8年)に慶長金貨、慶長銀貨について金銀の含有量を85%→57%まで減らした鋳造を行いました。これが元禄小判と呼ばれるものです。

     

    <慶長小判と元禄小判と宝永小判の写真>

     

    (出典:日本銀行金融研究所「金融研究」第12巻第2号(平成5年6月)から引用)

     

     しかしながら元禄小判に改鋳した後も、幕府の財政が災害や浪費で困窮しました。新井白石が力を得て、荻原重秀に圧力をかけました。その結果、再改鋳で金の比率を高めた小判にせざるを得ませんした。この小判を宝永小判といい、1710年から流通させました。この宝永小判を発行する際、荻原重秀は小判そのものの大きさを半分にすることで金自体の使用量を変えなかったのです。 

     

     江戸時代の史書に「三王外記」という書物があるのですが、この「三王外記」に荻原重秀が語った言葉が記載されています。

     

      「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし。今、鋳するところの銅銭、悪薄といえどもなお、紙鈔に勝る。これ遂行すべし。」

     

     荻原重秀は元禄時代に生きた人ですが、貨幣というお金について、それ自体に価値がある金や銀である必要はなく、瓦礫が流通したとしても問題ないということで、金本位制の限界に気付いていたと思われるのです。

     

     金本位制の限界とは、金という資源が限られており、金を裏付けに紙幣を発行するとなると、経済のパイが大きくなったとしても、金が不足しているために紙幣が発行できないということをいいます。

     

     金の含有量が85%もあった慶長小判から57%にまで比率を下げた元禄小判への改鋳、あるいは金自体の使用量を変えないようにするために小判の大きさを半分にした宝永小判の改鋳は、いずれも金が不足していたということのほか、荻原重秀が貨幣の価値は金の含有量に左右されないということを理解していたということの証左だと考えられるのです。

     

     ニクソンショックのきっかけは、ヨーロッパの国々が米国に対して多額のドル紙幣と金との交換を迫ったことがきっかけです。世界の経済のパイが拡大するにつれて、ドル紙幣を発行しまくるわけですが、金の保有量の関係なく発行しまくったため、多額のドル紙幣を金と交換することを求められた米国は、金との引き換えに応じることができなくなりました。

     

     そこで金ドル本位制を終わらせる、即ちドル紙幣を金の兌換券との位置づけを止めることを宣言するニクソンショックが起き、1971年以降、現在の管理通貨制度に移行されたのです。

     

     

     というわけで今日は「お金の本質を理解していた江戸時代の勘定奉行こと”荻原重秀”」と題して論説しました。

     お金の価値は、中央銀行の金地金の保有量とか関係ないのです。そのことを200年以上も前に生きていた荻原重秀という人物が知っていたということに対して感動を覚えてしまうのは私だけでしょうか?

     管理通貨制度の下では、政府でいえば外貨を貯め込む、企業でいえば内部留保を貯め込む、それらは通貨防衛や企業のM&Aの原資という意味では役に立つかもしれません。とはいえ、デフレを放置して供給力を毀損し続けて発展途上国化してしまえば、貯め込んだお金の価値は下がってしまうのです。

     企業経営ですら、内部留保をたくさん貯め込んだとしても、従業員への能力開発費が十分に当てられず、設備も古いままという状況では、競争力が落ちていくことになるでしょう。

     世の中「カネカネカネ」という人が多いのですが、それは個人や家計分野でやっていただきたい。国家や企業経営では、お金を貯め込むよりも、設備投資や研究開発や能力開発費に多くお金を投じることで、単位当たり労働コストを引き下げ、国家でいえば国力が増強、企業でいえば競争力が強化されていくものと私は思います。

     

     

    〜関連ブログ〜

    国債は何兆円まで発行できるのか?(管理通貨制度について学ぼう!)

    ジンバブエのハイパーインフレについて


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