サラリーマンの残業代には、どんな意味があるのか?(労働基準法第32条について)

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     今日は、「サラリーマンの残業代とは、どんな意味があるのか?」と題し、論説したいと思います。

     

     下記は産経新聞の記事です。

    『産経新聞 2018/06/30 05:03 働き方改革法 残業代削減の還元考えよ

    安倍晋三政権が今国会の最重要法案としてきた「働き方改革関連法」が成立した。

     長時間残業の是正や正社員と非正規社員の待遇格差の解消、高所得の一部職種を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の創設が柱だ。

     労働者の心身の健康を守る上で残業時間に罰則付きで上限を設ける意義は大きい。ただ、残業が減ればその分、収入は減少する。従業員に対する還元策も同時に考えるべきである。

     働き方が多様化する中で、一部の専門職を対象に仕事の成果で賃金を支払う高プロは、労働生産性の向上に資する制度と位置づけられる。柔軟な働き方を促す選択肢としたい。

     働き方を大きく変えるものだけに、政府は産業界への周知徹底を図り、働く現場で混乱が起きないようにしてもらいたい。

     残業規制の導入は、日本の労働法制で初めてとなる。現在は労使で協定などを結べば事実上、青天井で残業時間を延ばせる。これを年720時間までに制限する。

     違反すれば企業に罰金などを科す。大企業は来年4月、中小企業には2020年4月の導入だ。

     各企業が順守するためには、業務を効率化し、無駄な残業を排する取り組みが不可欠だ。必要に応じて、労働者を増やす対策なども求められよう。

     それ以上に、残業規制による残業代の減少への目配りは欠かせない。減少分は産業界全体で5兆円に上るという試算もある。

     収入の目減り分をそのままにすれば日本経済に悪影響を与える。それを避けるには、浮いた人件費を従業員に再配分する仕組みが求められる。ボーナスによる還元などの制度設計を急ぐべきだ。

     高プロは、年収1075万円以上の金融ディーラーやコンサルタントなど高度専門人材を対象とする。立憲民主党などは「過労死を招く」などと反対した。本人同意が適用の条件とされ、年104日の休日取得も義務化した。

     国会審議を通じ、高プロの対象者となった後でも、本人の希望で元の雇用条件に戻れるようにした。現実的な修正といえよう。

     仕事の多様化に伴い、労働時間で賃金を決める方式が合わない職種も増えている。国民の懸念を払拭しつつ、高プロに幅広い理解を得る努力が欠かせない。』

     

     

     既にご承知の通りですが、「働き方改革法案」が可決されました。無駄な残業を排することを企業に促すことが目的として、産経新聞の記事に限らず、各紙が報じています。

     

     そもそも残業代というのはどういう位置づけなのかといいますと、経営者へのペナルティという位置づけです。

     労働基準法第32条をみてみましょう。

     

    <労働基準法第32条>

    1.使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

    2.使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

     

     上記労働基準法第32条の通り、従業員を1日に8時間超、週40時間超の労働させてはいけないというルールがあります。ところが現実的には、お客様のニーズ・要望に応じるために、8時間超働いてもらわないと困るときがあります。だからこそ、経営者は労働基準法第32条により、残業代というペナルティを課せられるというのが趣旨です。

     

     では、経営者が残業代というペナルティを課せられないようにするためにはどうすべきか?といえば、生産性向上のための設備投資を行うか、「需要>供給」のインフレギャップが大きいときは供給力を補給する意味で従業員を雇用するしかありません。

     

     私は竹中平蔵氏に対して猛烈に批判的な論説をしておりますが、この「働き方改革」でも、竹中平蔵氏の発言には目に余るものがあります。

     

     竹中平蔵氏は「時間に縛られない働き方を認めるのは自然なこと」とデタラメな高プロフェッショナルの必要性を強調する一方で、「時間内に仕事を終えられない、生産性の低い人に残業代という補助金を出すのも一般論としておかしい」と述べています。

     

     この「時間内に仕事を終えられない生産性の低い人・・・」という言い方では、まるで生産性を向上させる義務が一方的に労働者に課せられているということになります。竹中平蔵氏の一般論とは何なんでしょうか?竹中平蔵氏は労働基準法第32条の趣旨が、経営者側に労働生産性の義務を課しているという趣旨を知らないのでしょうか?

     

     彼の頭の中で「一般論」の定義がどうなっているのか?私は疑問視せざるを得ません。

     

     一般論として言うのであれば、生産性向上とは、一人当たりGDPの成長です。GDPの成長には、従業員自身の努力(自己研鑽)も必要かもしれませんが、企業による人材投資(能力開発・育成)も必要ですし、人材投資以上に効果が大きいのは設備投資、技術投資、政府の公共投資によるインフラ整備です。

     

     インフラが整っていなければ、遠方への出張だけでも時間がかかります。遠方への出張が時間がかかるということで生産性向上させるためにはテレビ会議を導入したり、社外でもお客様のインフラも整っていて合意ができていればテレビ電話やスカイプを使った営業もできます。

     

     とはいえ、そうしたインフラ整備には高速の光ファイバー網の整備や、テレビ電話・スカイプが実施できるようにするための設備の購入が必要です。

     

     光ファイバー網の整備は公共事業によって行われるべきですし、テレビ電話・スカイプのためのPCなどの什器の購入は企業が設備投資によって行うべき話です。

     

     こうした投資のことを資本ストックと呼びます。より専門的にいえば、生産性は「資本装備率」と「TFP(Total Factor Productivity)」で決定され、生産性向上=資本装備率の増加+TFPの増加となります。

     

     このTFPとはGDP成長を生み出す要因の一つで、資本や労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことをさし、技術進歩や生産性効率化などが該当します。一般的にTFPは、算出することができないため、GDP成長幅(変化率)から、TFP以外の要因を控除した残差を推計することで算出します。

     

     一方で資本装備率は中小企業庁のホームページで推移が公表されています。

     下記は1972年〜2008年の期間の日本の資本装備率の推移です。

     

     上記の通り2008年までのデータしかありませんが、日本の資本装備率は、1997年の橋本政権時の構造改革基本法、1998年の消費増税後の公共事業削減などの緊縮財政が始まって以来、横ばいで推移してます。

     

     下記の資料は、直近2016年度までデータがありますが、「設備投資、減価償却の推移」と「全規模・全産業の資本装備率の伸び率」です。

     

    (出典:財務省「法人企業統計」(金融業、保険業を除く)より引用)

     

     上記資料も1997年以降、投資額が減価償却費を下回る時期があることがわかります。逆に言えば、1997年以前は、投資額は常に減価償却費を上回っており、資本装備率の伸びが高かったことを証明しているかといえます。

     近年こそ、設備投資は回復傾向ともみえますが、ほとんど減価償却の範囲内での更新投資に注力しており、資本ストックが伸び悩むトレンドは、1997年以降継続しているといえます。

     

     

     

     

    (出典:財務省「法人企業統計季報(金融業・保険業を除く、ソフトウェアを除く)」より引用)

     

     上記は、まず赤の折れ線グラフに注目していただきたいのですが、近年の資本装備率(赤の折れ線グラフ)が細かく増減を繰り返しつつも、ほとんど伸びていないことがわかるかと思います。そして、従業員数の増加(黄緑の棒グラフ)と同じ程度しか、有形固定資産(=資本ストック)(青の棒グラフ)が伸びていないこともご理解できるかと思います。

     

     経済産業省は、資本装備率の推移と上昇率の要因分析として、1990年代後半から資本ストックの伸びが低迷して、現在に至るまで資本ストックの伸びは低調で、足元でも低下傾向にあると分析しています。

     上述のグラフ資料をみれば、経済産業省の分析は正しいといえるでしょう。

     

     1990年代後半といえば、橋本政権が財政構造改革基本法を制定し、緊縮財政が始まった年でもあります。即ち公共事業削減、医療介護費削減、消費増税3%→5%といった緊縮財政政策です。その後日本経済がデフレ化したため、企業が投資を増やさなくなったことで、労働者一人当たりの資本ストックの低迷というか企業規模によっては資本ストックが減少し、結果的に生産性が伸びていないというのが真実です。

     

     統計をみて数字を語れば、そういう結論になるはずなのですが、竹中平蔵氏の発言では生産性の低迷の責任を労働者に押し付けていることになります。竹中平蔵氏は「高度プロフェッショナル制度」を打ち出した産業競争力会議メンバーの一員であり、産業競争力会議のレベルもたかが知れていると思うのです。

     

     なぜならば、1997年以降企業が資本ストックを低迷させ、減価償却費を上回る投資をしてこなかったことは、ある意味で当たり前です。緊縮財政が原因でデフレ化したためです。デフレ環境では、物・サービスの価格を値下げしないと売れにくい環境であるため、借入を増やして投資した場合に、借入金が返済できなくなってしまう可能性があるからです。

     

     労働基準法第32条は、勤務時間を制限し、勤務時間を超える場合は罰則として労働者に賃金を払うというのが趣旨であり、労働規制を守らない罰則として残業代というものがあるのです。残業代を払わないようにするためには設備投資をして、一人当たりの生産性を高める努力をしなければなりません。もちろん、従業員個々の自己研鑽も必要ですが、それ以上に革新的に生産性を上げるのは、設備投資です。

     

     従業員の個々の自己研鑽と設備投資では、生産性向上の規模が格段に違います。農業で考えればわかりやすいと思いますが、田畑で生産性を上げる場合、耕すためのトラクターや田植え機やコンバインが使われなければ、個々の自己研鑽といえば、筋トレぐらいしかなかったでしょう。腕立て伏せやランニングなどで自己研鑽してスピーディーに田植えをして、斧や鍬を普通の人よりも早く振れるようにスーパーマンになったとしても、トラクターや田植え機やコンバインを使う方がはるかに生産性が高く、比較にならないということは、誰でも想像できるでしょう。

     

     産業競争力会議の人々から言わせれば、”近年の労働者の生産性が低下で問題だから「働き方改革」が必要”ということになるわけですが、それは経営者が過去の設備投資を放棄してきたという問題点を、全く把握していないデタラメな発言・論説と言わざるを得ないと思うのです。

     

     

     というわけで、今日は「サラリーマンの残業代には、どんな意味があるのか?(労働基準法第32条について)」と題し、論説しました。


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