「リカードの比較優位論」の欺瞞と国際貿易(池上彰の間違った解説!)

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     今日はアカデミックに、経済理論の一つである「リカードの比較優位論」について述べたいと思います。頑張って付いてきていただきたく思います。

     

     よく通商政策において、TPPや二国間協定(FTA)を締結すべきであるという論説の根拠に、経済理論の一つ「リカードの比較優位論」を持ち出す人がいます。「池上彰のやさしい経済学」においても、「リカードの比較優位論」を根拠に、TPPに参加すべきと結論付けていたため、これに対して理論的に反論したいと思うのであります。

     

     

     

    1.リカードの比較優位論とは?

     

     リカードとは人の名前です。イギリス人の経済学者、デビット・リカード氏が発見したとされる貿易の大原理です。コンセプトは自国の得意とする生産に特化して、それ以外は貿易によって供給すれば、貿易している国同士が各財について、最大の生産ができるので貿易を推進するべきだ!という考え方に基づきます。

     

     リカードはアダム・スミスの『国富論』に影響を受け、自由貿易を唱えました。2国間で貿易すると両国に非常に大きなメリットがあるということを発見したとされています。

     

     もし皆さんが、「リカードの比較優位論によれば、自由貿易は常に正しい」と言われた場合に、比較優位論を理解していない人は、全く反論することができないでしょう。

     

     「リカードの比較優位論」とは、各国が比較優位にある財・サービスの生産に特化して輸出入をすることで、労働生産性が高まり、各国国民がより多くの財・サービスを消費することが可能になるので両国にメリットがあるというものです。

     

     比較優位論を理解するためのポイントは、「比較優位」という言葉にあります。比較優位というのは「日本は中国に比べて、自動車の生産性が高い」という話ではありません。

     

     例えば損害保険業界の営業現場の仕事で考えた場合、大雑把に下記2種類の仕事があります。

    営業=保険を売るトーク・企画を含めたスキル全般

    事務=保険契約の申込書を正しく作成して計上を行うスキル全般

     

     例えば私が、営業も事務も業務プロセス全般を把握していて、営業も事務も事務職の女性よりも生産性が高い、即ち「得意」だったとしましょう。その場合、私は事務員を雇用せず、営業と事務の2つの仕事を自分でこなすべきでしょうか?

     

     そうはなりません。雇われた事務員は、事務業務をこなすことはできても、営業することは全くできません。この場合、営業という仕事を基準にすると、事務員は事務業務に対して私よりも「比較優位にある」という話になります。

     

     結果、私は営業に専念し、事務は事務員に任せた方が、全体の「仕事の生産量」が増える、即ち労働生産性が高まるということになります。これが比較優位論です。

     

     これを国の話に戻しましょう。比較優位論の際に頻繁に例として出されるのは、イギリスとポルトガルの貿易例です。イギリスは綿製品、ワインという2つの財の生産について、共にポルトガルよりも生産性が高いです。ポルトガルは綿製品よりもワインは得意分野であり、日本で初めてワインを飲んだのは織田信長なのですが、ポルトガル産のワインだったと伝えられています。

     

     この場合、綿製品を基準にしますと、ポルトガルはワインの生産についてイギリスよりも比較優位にあります。イギリスが綿製品、ポルトガルがワインの生産に特化して、互いに生産された財を輸出入し合うことで、イギリス・ポルトガルの両国民の綿製品・ワインに対する生産量=消費量が最大化されるのです。

     

     

     

    2.比較優位論をケーススタディで理解を深める

     

     比較優位論について、ケーススタディで考えてみましょう。

     

     

     上記は、日本と中国の2か国で、コメと自動車をそれぞれ生産しているということで作ったケーススタディです。

     

     上表を解説すると以下の通りです。

    ●日本はコメについて、労働者100人で1000の生産をしている。自動車については、労働者100人で500の生産をしている。

    ●中国はコメについて、労働者100人で900の生産をしている。自動車については、労働者100人で300の生産をしている。

    ●日本と中国で生産水準を比較すると、中国は自動車生産において日本の60%、コメ生産において日本の90%の水準の生産量となっている。中国はコメ生産を基準にした場合、自動車生産と比較して優位にある。

    ●中国は比較優位にあるコメ生産に労働者100人をシフトし、日本はコメ生産の労働者100人のうち80人を自動車生産にシフトする。

    ●中国は自動車生産量が300減少する一方でコメ生産量が900増加する。

    ●日本はコメ生産が800減少する一方で自動車生産が400増加する。

    ●日中両国合計でみると、コメ生産で労働者が20人増加してコメ生産量が100増加し、自動車生産で労働者が20人減少する一方で自動車生産量が100増加した。

    ●結果、生産量は、合計でそれぞれ100ずつ増加することができた。(コメ生産量:1900→2000、自動車生産量:800→900)

     

     このように比較優位論によれば、日中がお互いに比較優位にある財の生産に特化して、貿易を推進すれば、生産量も消費量も増えてハッピーになるというわけです。

     

     

     

    3.「リカードの比較優位論」の決定的な欠陥

     

     一見すると、生産量が増えて消費が増える点で素晴らしく思える「比較優位論」ですが、複数の決定的な欠陥が存在します。

     

     例えば、イギリスとポルトガルが、それぞれ比較優位にある「綿製品」「ワイン」の生産に特化します。あるいは日本と中国が、それぞれ比較優位にある「自動車」「コメ」の生産に特化します。そして互いに輸出入します。この場合、確かにイギリス・ポルトガルの両国が消費する「綿製品」「ワイン」は増え、日本・中国の両国が消費する「自動車」「コメ」は増えます。

     

     とはいえ、2国間同士の比較優位が「国民の豊かさ」に貢献するためには、複数の条件を満たす必要があるのです。

     

     一つ目はイギリス・ポルトガル、あるいは日本・中国で、「完全雇用」が成立しているということです。そもそも比較優位論は「非・自発的失業者」の存在を前提にしていません。失業者は自発的失業者だけで、完全雇用が成立しているという場合、自由貿易は比較優位論により「失業者の増加」というデメリットは生じません。とはいえ、現実の世界で完全雇用が成立している国は、どれだけあるでしょうか?

     

     二つ目は特定の財・サービスの生産に従事している労働者が、自由貿易の影響で失業したとしても、「次の瞬間」に別の職業に就業できるという前提です。労働者という「生産要素」が国内の産業間っを自由に移動できて、そのための調整費用が掛からないことが前提になっています。例えばイギリスでワイン生産に従事していた労働者が、自由貿易で廃業したとしても、次の日から綿製品の工場で働き、生産力を発揮できるという仮定になっているのです。当たり前の話として、どのような職業であっても、個々の生産者が生産性を最大限に発揮するためには、ある程度の技術・ノウハウの蓄積が必要です。自動車生産にしても、コメ生産にしても同様で、「良い製品を、安く生産する」ためには、生産者各人が働き続け、自身にいろんなノウハウ・技術・技能・スキル等を蓄積する必要があります。「リカードの比較優位論」では、こうした「人材のノウハウ・技術の蓄積」というものを無視しているのです。

     

     三つ目は各国間の資本移動が「ない」というもので、イギリスの綿製品製造企業がポルトガルなどの他国に工場を移転することはなく、逆も然りで、ポルトガルのワイン製造メーカーが、他国に拠点を移転させることもないという前提になっています。資本移動の自由が規制できない今日の世界において、これは決して成立し得ません。

     

     四つ目は一番重要な欠陥なのですが、「国民の消費が増えることが正しいこと」という前提に立っていることです。GDP3面等価の原則でいえば、国民の消費が増える=国民の生産量が増える=国民の所得が増えるなのですが、それはすべて国内で賄われた場合に限定されます。一番初めに例を挙げた保険の仕事でいえば、同じ組織内であれば有効で利益追求の観点からも正しいため、ワインと綿製品もイギリス国内で、コメも自動車生産も日本国内でやれば、正しいかもしれません。しかしながら国家で考えた場合、輸入した分は、自国民の生産ではなく、自国民の所得にもなりません。GDPは輸出入は、純輸出のみカウントされます。それだけでなく、日本のように財・サービスを生産する供給能力が、需要に対して過剰になっているデフレギャップが生じている場合、重要なのは「雇用」「所得」を増やすことであって、財・サービスの生産能力を拡大することではないのです。

     

     フランス人の経済学者でジャンパティスト・セイが、市場の価格調整機能によって「生産能力」が「需要」を創出するといういわゆる「セイの法則」というものを唱えましたが、常に物が売れるという状態の「セイの法則」が成立している場合、比較優位論は正しいです。とはいえ、デフレ期にはそもそも「セイの法則」が成立していません。この世に「生産を増やすことが善にはならないデフレという時期」が存在するという現実を、自由貿易や「リカードの比較優位論」を信奉する経済学者らは、決して理解しようとしないのです。

     

     このように「リカードの比較優位論」の決定的な欠陥は、「供給能力が過剰になり、生産量増加が『善』にならないデフレ期が存在する」という事実を前提にしていない点が、最大の欠陥です。「セイの法則」が成立しない時期があるということを改めて認識する必要があるのです。

     

     

     というわけで、今日は「リカードの比較優位論」について述べました。需要<供給というデフレギャップで、需要不足に悩む国が「生産量」を増やしてしまうと、デフレが深刻化するだけです。TPP推進派の人々は、TPPのメリットについて、農産物の価格が下がることであると、口を揃えていいます。デフレ環境下にある日本が、自由貿易で農産物の価格を引き下げたら、デフレが悪化するだけです。

     ところがTPP推進派は「個別物価と一般の全体物価は異なるため、TPPで農産物の価格が下がっても、全体的な物価が下がるわけではないため、デフレ悪化することはない」と反論します。彼らは「自由貿易」で消費者が農産物を安く買ったとしても、余ったお金を必ず別のモノ・サービスの購入に回るから、自由貿易によって物価水準を引き下げることにはならず、デフレを深刻化させることはならない旨の反論をするのです。

     こうした人たちには、誠に申し訳ないのですが、この世の中には、預金や借金返済という貯蓄というものがあります。1000円のコメをTPP締結後に300円で買ったとして、余った700円で全てのモノ・サービスの購入に必ず充当されるというのであれば、全体的な物価が下がることはありません。とはいえ、700円の一部または全部を預金に回してしまうと間違いなく一般物価は下がり、デフレが悪化します。

     またTPPで外国から農産物の攻勢を受けて、国内の農業が廃業していったとして、失業した農家が次の瞬間には別の職業に就くことができるということも、現実的な話ではありません。

     安全保障という観点からも国力強化という点でも、食糧、医療、防災、エネルギーなどは他国からの輸入ではなく、自国で賄うべきでもあります。

     こうしたことから「リカードの比較優位論」を根拠に自由貿易が正しいとする論説は、徹底的に反論したくなるのです。

     

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