生産性向上という言葉の定義とGDP

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    JUGEMテーマ:人手不足

     

     今日は「生産性向上という言葉の定義とGDP」と題し、人手不足について意見したいと思います。

     

     皆さんは、「生産性向上」といえば、どういうことだと思いますでしょうか?

     また、「効率がいい」といえば、どういうことだと思いますでしょうか?

     読者の皆さんの中には、「生産性向上=効率がよくなること」で「効率がよくなること=生産性向上」とループしたりしませんでしょうか?

     

     この問題に限りませんが、私は議論する際、言葉の定義をしっかりしなければダメだと思います。例えば経済成長=GDP成長と定義しています。同様に「生産性向上」や「効率が良くなること」の「効率」という言葉について、定義する必要があると思うのです。

     

     生産性=物・サービスの生産量のことであり、金額で言えば粗利益、マクロ的に言えばGDPです。

     

     日本は生産性が低い低いと言う人多いと思いますが、デフレでGDPが伸びていないので当たり前です。

     1998年から500兆円で変わっていません。今年530兆円になりますが、30兆円増えるのは、単に算定方法が変わり、今まで加算していなかった研究開発費を参入するようになったから。いわば算定方法を変えただけなのです。(参考:2016年12月から改定されたGDPの算定方法 )つまり1998年から530兆円だったと言ってもよいでしょう。30兆円増えたというのは生産性が向上した結果ではないということを私たちは理解する必要があります。

     

     ミクロ面で言えば、企業単体とか個人の話で言えば、需要がたくさんある、仕事がいっぱいあるという環境になった場合、自分の生産能力にはある程度の限界があります。

     例えば、畑仕事とか田んぼの稲作仕事とかで言えば、体を鍛えて筋力トレーニングするとか。ですが、筋肉トレーニングをしたところで、一人当たりがこなせる仕事の限界が、劇的に増えるまでには至らないでしょう。

     

     ところが、産業革命により資本主義が始まってからは、資本を投じることで、劇的に一人当たり生産性を向上させることができるようになりました。産業革命前までは、土地がなくなれば他国を侵略して土地を奪うか、筋肉トレーニングくらいしか、生産性向上は果たせませんでした。

     

     その意味で、産業革命というのは、他国の土地を奪わなくても、資本を投じて設備投資することで、劇的に一人当たり生産性が向上し、人一人がこなせる仕事を増やすことができるようになったという意味においても、革命だったと言えます。そして、それこそが生産性の向上であり、GDPを飛躍的に増やせるようになったというわけです。

     

     ところがデフレになると、設備投資は伸び悩みます。理由は簡単で、物・サービスの値段を下げなければ売れにくい(名目GDPが減少トレンドにある)、物・サービスの個数が今までより少なく買われる(実質GDPが減少トレンドにある)、という場外では、企業は儲かりにくいから。例えば銀行からお金を借り入れて設備投資をしたとしても、製品・サービスが高く買われ、個数を多く買われるという環境でなければ、銀行から借りたお金を返済できなくなる可能性があるから、設備投資が伸び悩むのです。

     

     金利がどれだけ安かろうと、経営者は需要(名目需要・実質需要)が無ければ、設備投資はしません。需要がないのに設備投資をしたら、経営者失格です。

     上記はデフレギャップと図にしたものです。デフレギャップの正体とは、上記の通りであり、これがデフレです。

     デフレ期は、人が余っています。下手すれば、工場や設備も余っています。

     人が余っている、工場設備が余っている、となれば、生産性を高める必要はありません。

     

     

     もし、仕事がたくさんあって人が足りないとというインフレギャップの状態(下図を参照)になれば、誰か人を雇えばよい!という話も出るでしょう。人を雇った場合は、当然一人当たりの生産性の向上はしません。何しろ、「インフレギャップを人の採用で埋めた=供給能力を増やした」ということは、一人当たり生産性の向上によって需要を埋めたという話ではないのです。

     

     

    例えば、人を採用せず、

    ●既存の人材の能力開発にお金を投じる人材投資を行う

    ●設備投資を行う

    ということで、一人当たりがこなせる仕事が増えるようになる形で、供給能力を増やして需要を埋めれば、一人当たりの生産性が向上して需要を満たした、ということになります。これこそが、一人当たりの生産性が向上したという話になるわけです。

     

     

     少し話変わりますが、上述の話で、デフレ期は人が余っていると申しました。ところが、人が不足している業界があります。

     

     例えば運送業界やタクシー業界といったドライバーの運賃が安すぎる業界。介護業界も賃金が安すぎて、労働者の成り手が他業種と比較して少ない業界。また高齢者が増えるという需要増加に人手が追いつかないという点では医療業界が想像てきますが、賃金安の介護業界も需要が増えている業界です。

     

     こうした業界は、「誰か人を雇ってこい!」という話だとしても、もうできません。人手不足だからです。

     今この瞬間、出生率が増加に転じても、20年は生産年齢人口が増加に転ずることはありません。

     もし人材採用(新卒採用・転職者採用)で供給力を増強しようとするのであれば、賃金を上げて他業界から人を奪うしかないでしょう。

     

     人を安く使えばいいというのは、今まで人が余っていたからです。

     しかしながら、本来はおかしな話で、日本の高度経済成長期は、人が高い国と言われていました。読者の皆さんに問いたいのですが、「人が高い」って何か問題があったでしょうか?

     

     デフレが続き、GDPが伸び悩んだ日本は、世界各国と相対的に比較して、人件費が安い国になりました。世界各国はGDPが増えているのに、日本は1998年からGDPが増えていないからです。

     

     例えば、マッサージをする人の給料は、東南アジアの都会人の給料以下、それが現実です。

     日本の地方の工場の派遣で働かせられている工員の給料も東南アジアクラス。そこまで日本の実質賃金が下がったということです。

     

     「安く人を使えばいい!」「人を安く使い倒しましょう!」なんてやって、みんな貧乏になったというのが20年間の日本です。ただこれはデフレで人が余っていたからできたことですが、今は人手不足なのでできないのです。だからこそ、生産性の向上が必要なのです。人材への能力開発投資は生産性向上につながりますが、人材採用は生産性の向上ではありません。

     

     とはいえ、限界があります。劇的に生産性向上を果たすためには、設備投資が必要となるわけです。

    運送業界での設備投資の例は下記の通りです。

     

    ●トラックを大型化する(企業が主体)

    ●2台連結、3台連結などの隊列走行をできるようにする(企業が主体だが規制や環境整備で国も関与する)

    ●荷下ろしがスムーズに行えるようパワーアシストスーツを購入する(企業が主体)

    ●宅配BOX設置を義務付け、再配達業務の軽減させる(企業が主体だが法整備・環境整備で国も関与する)

    ●高速道路がないところに高速道路を作る(国が主体)

    ●高速道路や一般道路の車線幅を広げる(国が主体)

     

    GDP=個人消費+設備投資+政府支出+純輸出ですので、上記は、いずれも一人当たり生産性の向上を果たすとともに、GDPの成長に寄与します。

     

     

     というわけで、今日は生産性向上とGDPについて意見させていただきました。人手不足は、この瞬間出生率増加に転じたとしても、生産年齢人口増加とはなりません。ある意味、需要>供給という状態が、最低20年続くというのが、日本の真の姿です。デフレギャップ、インフレギャップが理解すれば、これから日本は高度経済成長できる環境が来るということがご理解できるかと思います。

     そうした意味で「人口が減る日本は経済成長できない」といった論説に対して、私はチープすぎてかつウソ出鱈目だと厳しく反論したくなるのです。

     


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